「玉音放送」と聞くと、昭和天皇の声で「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と語られた部分を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。実は、その後にも印象的な一節が続きます。
『以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』
今回は、8月15日の「終戦の日(終戦記念日)」にちなんだ雑学をご紹介します。
「以テ」→「これによって」
「万世」→「長く続く後の世」
「太平」→「平和な世の中」
「開カム」→「開こう」
「欲ス」→「~しようとする」
つまり、現代の言葉にすると、「これによって、後の世のために平和を切り開こうとする」という趣旨。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の後に続く言葉として知ると、玉音放送の印象も少し変わってきますよね。
昭和20年(1945年)8月15日正午に放送された玉音放送ですが、昭和天皇がその時刻にラジオの前で直接語ったわけではありません。
終戦の詔書は8月14日に閣議で決定され、その日の夜、昭和天皇が詔書を朗読。
その肉声がレコード盤に録音され、翌15日正午にラジオで放送されました。
この録音盤が「玉音盤」です。
放送されたのは終戦の詔書の朗読だけではありません。
玉音放送の後には、鈴木貫太郎首相による「内閣告諭」も読み上げられました。
8月15日は一般に「終戦の日」や「終戦記念日」と呼ばれています。
どちらも法律で定義された言葉ではなく、意味の違いはありませんが、個人的には、メディアやニュースなどで多く使われるのは「終戦の日」、カレンダーや日常会話では「終戦記念日」という印象です。
一方で、政府が定めている名称があります。
昭和57年(1982年)の閣議決定で、毎年8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされました。
この日は政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われ、正午には1分間の黙とうが捧げられます。
「終戦の詔書」の背景にあったのがポツダム宣言です。
1945年7月、アメリカ・イギリス・中国が日本に対して発表したポツダム宣言は、日本の降伏条件などを示したものでした。
その後、8月6日の広島への原爆投下、8月8日のソ連による対日宣戦布告、8月9日の長崎への原爆投下などを経て、8月10日に御前会議でポツダム宣言受諾が決定されます。
そして8月14日の御前会議で最終的に終戦が決定。
「終戦の詔書」が発布され、翌15日正午の玉音放送によって、日本国民に戦争終結が伝えられました。
今回の筆文字は、終戦の詔書の中にある一節『以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』。
8月15日に、この言葉の意味とともに、先の大戦で犠牲となられた方々のことを考えるきっかけになればと思います。
『以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』
今回は、8月15日の「終戦の日(終戦記念日)」にちなんだ雑学をご紹介します。
「以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」の意味
「以テ」→「これによって」
「万世」→「長く続く後の世」
「太平」→「平和な世の中」
「開カム」→「開こう」
「欲ス」→「~しようとする」
つまり、現代の言葉にすると、「これによって、後の世のために平和を切り開こうとする」という趣旨。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の後に続く言葉として知ると、玉音放送の印象も少し変わってきますよね。
玉音放送は「生放送」ではなかった?
昭和20年(1945年)8月15日正午に放送された玉音放送ですが、昭和天皇がその時刻にラジオの前で直接語ったわけではありません。
終戦の詔書は8月14日に閣議で決定され、その日の夜、昭和天皇が詔書を朗読。
その肉声がレコード盤に録音され、翌15日正午にラジオで放送されました。
この録音盤が「玉音盤」です。
放送されたのは終戦の詔書の朗読だけではありません。
玉音放送の後には、鈴木貫太郎首相による「内閣告諭」も読み上げられました。
「終戦の日」と「終戦記念日」は違う?
8月15日は一般に「終戦の日」や「終戦記念日」と呼ばれています。
どちらも法律で定義された言葉ではなく、意味の違いはありませんが、個人的には、メディアやニュースなどで多く使われるのは「終戦の日」、カレンダーや日常会話では「終戦記念日」という印象です。
一方で、政府が定めている名称があります。
昭和57年(1982年)の閣議決定で、毎年8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされました。
この日は政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われ、正午には1分間の黙とうが捧げられます。
ポツダム宣言と「終戦の詔書」
「終戦の詔書」の背景にあったのがポツダム宣言です。
1945年7月、アメリカ・イギリス・中国が日本に対して発表したポツダム宣言は、日本の降伏条件などを示したものでした。
その後、8月6日の広島への原爆投下、8月8日のソ連による対日宣戦布告、8月9日の長崎への原爆投下などを経て、8月10日に御前会議でポツダム宣言受諾が決定されます。
そして8月14日の御前会議で最終的に終戦が決定。
「終戦の詔書」が発布され、翌15日正午の玉音放送によって、日本国民に戦争終結が伝えられました。
今回の筆文字は、終戦の詔書の中にある一節『以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』。
8月15日に、この言葉の意味とともに、先の大戦で犠牲となられた方々のことを考えるきっかけになればと思います。

筆文字アート『以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』(2026年 制作)






