10月3日は「アンパンマンの日」
今回は、筆文字アート『一寸先は光』とともに、やなせたかしさんとアンパンマンの歩みをたどります。
10月3日は「アンパンマンの日」。
1988年10月3日に、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の放送が始まったことに由来する記念日です。
今では誰もが知っているアンパンマンですが、最初からテレビアニメのキャラクターだったわけではありません。
アニメ放送が始まる15年前、1973年に絵本『あんぱんまん』が世に出ています。
三越のグラフィックデザイナーをはじめ、雑誌編集、作詞、ラジオやテレビの構成作家、舞台美術など。
おそらく誰もが一度は耳にしたことがある名曲『手のひらを太陽に』の作詞でも知られています。
その多才なやなせさんの大きな悩みが、漫画家として代表作だと言える作品がなかったこと。
そんな中、54歳のときに生まれたのが、絵本『あんぱんまん』です。
ところが、自分の顔を食べさせて人を助けるという設定には、大人から「残酷」といった批判もあり、出版当初は大きな話題にはなりませんでした。
それでも、子どもたちはアンパンマンを支持。
少しずつ作品の人気が広がっていったんですね。
『あんぱんまん』が生まれてから15年後の1988年、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」が始まりました。
このとき、やなせたかしさんは69歳。
絵本からアニメへと広がったアンパンマンは大ブレイクし、世に広く知られるようになりました。
『一寸先は光』は、梯久美子さんの評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』で、やなせさんのモットーだったと紹介されています。
「一寸先は闇」とは一字違い。
同じ一寸先、どうせなら明るい方を想像していたいですよね。
今回の筆文字アートは『一寸先は光』でした!
今回は、筆文字アート『一寸先は光』とともに、やなせたかしさんとアンパンマンの歩みをたどります。
「アンパンマンの日」の由来
10月3日は「アンパンマンの日」。
1988年10月3日に、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の放送が始まったことに由来する記念日です。
今では誰もが知っているアンパンマンですが、最初からテレビアニメのキャラクターだったわけではありません。
アニメ放送が始まる15年前、1973年に絵本『あんぱんまん』が世に出ています。
多才なのに「代表作がない」!?
やなせたかしさんは、若い頃からさまざまな分野で才能を発揮し、多くの仕事をしていました。三越のグラフィックデザイナーをはじめ、雑誌編集、作詞、ラジオやテレビの構成作家、舞台美術など。
おそらく誰もが一度は耳にしたことがある名曲『手のひらを太陽に』の作詞でも知られています。
その多才なやなせさんの大きな悩みが、漫画家として代表作だと言える作品がなかったこと。
そんな中、54歳のときに生まれたのが、絵本『あんぱんまん』です。
ところが、自分の顔を食べさせて人を助けるという設定には、大人から「残酷」といった批判もあり、出版当初は大きな話題にはなりませんでした。
それでも、子どもたちはアンパンマンを支持。
少しずつ作品の人気が広がっていったんですね。
69歳で「代表作」が大きく花開く
『あんぱんまん』が生まれてから15年後の1988年、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」が始まりました。
このとき、やなせたかしさんは69歳。
絵本からアニメへと広がったアンパンマンは大ブレイクし、世に広く知られるようになりました。
やなせたかしさんのモットー『一寸先は光』
『一寸先は光』は、梯久美子さんの評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』で、やなせさんのモットーだったと紹介されています。
「一寸先は闇」とは一字違い。
同じ一寸先、どうせなら明るい方を想像していたいですよね。
今回の筆文字アートは『一寸先は光』でした!

筆文字アート『一寸先は光』(2026年 制作)






