今回の筆文字作品は、ことわざ『老いては子に従え』です。
5月5日、こどもの日(端午の節句)。
子どもたちの成長を願う日でありながら、私にとっては「親とのこれから」を考える日でもあるような気がします。
まずは、この言葉の意味と由来を見てみましょう。
ただ現代では、「従う=我慢する」ではなく、信頼して任せること、支え合う関係を築くこととして捉えられることが多くなっています。
高齢の両親を見ていると、「年をとると幼児に戻る」という言葉を、実感する場面が増えてきました。
体が思うように動かなくなり、昨日までできていたことができなくなる。
その姿は、まるで時間が巻き戻っていくようにも見えます。
もちろん、そこには長年積み重ねてきたプライドがあり、だからこそ、つい意地を張ってしまうんでしょう。
「○○してよ」
「××は、やめて」
思わず強く言ってしまったあとに、言いすぎたかなと反省する。
そんな日々の繰り返しです。
「従う」という言葉には、どこか弱さのような響きがあります。
でも本当は、まわりの優しさを受け取ることは、とても大きな強さなのかもしれません。
「ありがとう」と言って手を借りる。
それだけで、関係はやわらかく、あたたかくなる。
私自身も、いつかその立場になったとき…
できなくなる自分に抗うのではなく、差し出された手を素直に受け取れる人でありたいと思います。
「老いては子に従え」
それは、ただ従うという意味ではなく、「信頼して任せる」ということ。
子どもの頃は守られていた私たちが、今度は支える側になる。
そしていつか、また支えられる側になる。
その巡りの中で、お互いに少しだけ素直でいられたら…
きっと、もっと優しい時間が増えていくはずですよね。
5月5日、こどもの日(端午の節句)。
子どもたちの成長を願う日でありながら、私にとっては「親とのこれから」を考える日でもあるような気がします。
「老いては子に従え」とは?
まずは、この言葉の意味と由来を見てみましょう。
意味
年を重ねたら無理に自分を通そうとせず、子どもや周囲の助けに身を委ねていくのがよい、という教え。
由来
この言葉は、仏教の「三従(さんじゅう)」の考え方に由来するとされています。三従とは、女性が成長に応じて「幼いときは親に、嫁いでは夫に、老いては子に従う」という三つの道を示したものです。そこから転じて、老後は子に任せるべきという生き方が説かれてきました。
ただ現代では、「従う=我慢する」ではなく、信頼して任せること、支え合う関係を築くこととして捉えられることが多くなっています。
「幼児に戻る」親を見て思うこと
高齢の両親を見ていると、「年をとると幼児に戻る」という言葉を、実感する場面が増えてきました。
体が思うように動かなくなり、昨日までできていたことができなくなる。
その姿は、まるで時間が巻き戻っていくようにも見えます。
もちろん、そこには長年積み重ねてきたプライドがあり、だからこそ、つい意地を張ってしまうんでしょう。
「○○してよ」
「××は、やめて」
思わず強く言ってしまったあとに、言いすぎたかなと反省する。
そんな日々の繰り返しです。
素直に受け取るという選択
「従う」という言葉には、どこか弱さのような響きがあります。
でも本当は、まわりの優しさを受け取ることは、とても大きな強さなのかもしれません。
「ありがとう」と言って手を借りる。
それだけで、関係はやわらかく、あたたかくなる。
私自身も、いつかその立場になったとき…
できなくなる自分に抗うのではなく、差し出された手を素直に受け取れる人でありたいと思います。
今日の一筆に込めた想い
「老いては子に従え」
それは、ただ従うという意味ではなく、「信頼して任せる」ということ。
子どもの頃は守られていた私たちが、今度は支える側になる。
そしていつか、また支えられる側になる。
その巡りの中で、お互いに少しだけ素直でいられたら…
きっと、もっと優しい時間が増えていくはずですよね。
筆文字『老いては子に従え』(2026年 制作)